歯列矯正は、歯を動かして美しい歯並びと良好な噛み合わせを獲得する治療法ですが、その過程で「歯根吸収(しこんきゅうしゅう)」という現象が起こり得ることが知られています。これは、歯の根(歯根)の先端部分がわずかに溶けて短くなる現象を指します。多くの場合、矯正治療に伴う歯根吸収はごく軽微で、歯の機能や寿命に大きな影響を与えることはありません。これは、歯が骨の中を移動する際に生じる生理的な反応の一環と考えられています。しかし、稀にではありますが、通常よりも大きく歯根吸収が進行してしまう「病的歯根吸収」が起こることがあり、この場合は歯の安定性が損なわれたり、将来的に歯が抜けやすくなるリスクが高まったりする可能性があります。歯根吸収が起こる明確なメカニズムは完全には解明されていませんが、いくつかのリスクファクターが指摘されています。例えば、矯正治療で加える力が強すぎたり、治療期間が長すぎたりする場合、歯根の形態(特に細く尖った歯根や短い歯根)、過去の歯の外傷歴、特定の全身疾患や遺伝的要因などが関与すると考えられています。矯正歯科医は、治療開始前にレントゲン写真(パノラマエックス線写真やデンタルエックス線写真、場合によっては歯科用CT)を用いて患者さんの歯根の状態を詳細に確認し、歯根吸収のリスクを評価します。そして、治療中も定期的にレントゲン検査を行い、歯根の状態をモニタリングしながら、矯正力を適切にコントロールするよう努めます。もし歯根吸収の兆候が見られた場合は、治療計画を修正したり、場合によっては一時的に矯正力を弱めたり、治療を中断したりすることもあります。患者さん自身が歯根吸収を自覚することは難しいため、定期的な歯科医院でのチェックと、歯科医師からの説明をしっかりと受けることが重要です。