歯列矯正を検討する際、「部分矯正」と「全顎矯正」という二つの言葉を耳にすることが多いでしょう。部分矯正は、気になる前歯の数本だけなど、範囲を限定して歯並びを整える治療法で、比較的短期間かつ費用を抑えられる可能性があるため、魅力的に感じられます。一方、全顎矯正は、文字通り全ての歯を対象とし、歯並びだけでなく全体の噛み合わせや顎のバランスまでを考慮して治療を行う方法です。どちらの治療法が適しているかは、個々の歯並びの状態や目指すゴールによって大きく異なりますが、部分矯正には明確な限界があり、それを理解しておくことが非常に重要です。部分矯正が適しているのは、主に奥歯の噛み合わせに大きな問題がなく、前歯の軽微な叢生(ガタつき)やすきっ歯、わずかな傾きなど、審美的な改善が主目的となるケースです。この場合、治療期間は数ヶ月から1年程度で済むこともあり、装置も目立ちにくいマウスピース型や、歯の裏側に着けるタイプなどが選択できることもあります。しかし、部分矯正では対応できない、つまり限界となるケースも数多く存在します。例えば、出っ歯や受け口、開咬といった、上下の顎の骨格的なズレが原因となっている不正咬合の場合、前歯だけの部分矯正では根本的な解決にはなりません。見た目を一時的にごまかせたとしても、機能的な問題は残り、長期的な安定性も期待できません。このような場合は、顎全体のバランスを整える全顎矯正が必要となり、場合によっては外科手術を併用することもあります。また、歯が並ぶためのスペースが大幅に不足している重度の叢生も、部分矯正の適応外です。部分矯正では、歯を少し削ったり(IPR)、歯を唇側に傾斜させたりしてスペースを作りますが、それで足りないほどのスペース不足の場合は、抜歯を伴う全顎矯正でなければ、歯を適切な位置に並べることはできません。無理に部分矯正で対応しようとすると、歯が前方に突出しすぎたり、歯根に悪影響が出たりするリスクがあります。さらに、全体の噛み合わせが深く関わるような問題、例えば著しく深い噛み合わせ(過蓋咬合)や、左右の噛み合わせがズレている交叉咬合なども、部分的な介入だけでは改善が困難です。これらの場合は、奥歯を含めた全体の歯の移動や、噛み合わせの高さの調整など、全顎的な視点での治療計画が不可欠となります。
部分矯正の限界を知る全顎矯正との比較