田中さん(仮名)は、2年半に及ぶ歯列矯正治療の最終調整の日を迎えました。歯科医師からは「ほぼ完璧に仕上がっています」と言われ、確かに鏡で見ても以前とは比べ物にならないほど整った歯並びです。しかし、田中さんの心の中には、ほんのわずかな引っかかりがありました。「左上の2番目の歯が、ほんの少しだけ、本当に少しだけなんですが、隣の歯より引っ込んでいるように見えるんです」。そう思うものの、「先生は完璧だと言っているし、こんな細かいことを今更言うのは迷惑かもしれない」と、なかなか言い出せずにいました。調整が終わりかけ、歯科医師が「何か他に気になる点はありますか?」と尋ねた時、田中さんは意を決して、その小さな疑問を口にしました。すると歯科医師は、嫌な顔一つせず、もう一度丁寧に田中さんの口の中を確認し、「確かに、言われてみればほんの少しだけですね。田中さんの審美眼は素晴らしいです。もちろん、この段階でも可能な限り対応しますよ」と快く応じてくれたのです。そして、専用の器具を使って、問題の歯に微妙な力を加え、位置を微調整してくれました。ほんの数分の作業でしたが、調整後、鏡で確認した田中さんは、そのわずかな変化に心から満足しました。「本当にありがとうございます!これで何の心残りもなく装置を外せます!」と笑顔で歯科医師に伝えました。この田中さんのケースのように、最後の調整段階で「もう少しこうしたい」という希望が出てくることは決して珍しいことではありません。多くの場合、矯正治療が進むにつれて患者さん自身の審美意識も高まり、より細部まで気になるようになるからです。大切なのは、遠慮せずに自分の希望を伝える勇気を持つことです。もちろん、骨格的な限界や歯の動かせる範囲には限りがあるため、全ての希望が叶うわけではありませんが、歯科医師は患者さんの満足度を最大限に高めるために、できる限りの努力をしてくれるはずです。最後の調整は、まさに理想の歯並びへの最後の「もう一押し」を実現するチャンスなのです。