近年の歯列矯正治療において、その可能性を飛躍的に広げた革命的な器具があります。それが、「歯科矯正用アンカースクリュー」、別名「インプラントアンカー」や「TAD」と呼ばれる装置です。これは、直径1.5mm、長さ6〜8mm程度の、チタン製の非常に小さなネジです。このネジを、歯を動かすための「絶対的な固定源」として、歯茎の骨(歯槽骨)に埋め込んで使用します。従来の矯正治療では、奥歯などを固定源として前歯を引っ張っていました。しかし、作用・反作用の法則により、引っ張る側である奥歯も、少し前に動いてしまうという望まない副作用がありました。しかし、アンカースクリューは骨にしっかりと固定されているため、全く動きません。この「動かない固定源」が手に入ったことで、これまで難しかった歯の移動が可能になったのです。アンカースクリューが最も活躍する場面の一つが、臼歯(奥歯)の「後方移動」です。歯列全体を後方に動かすことで、抜歯をせずに前歯のガタガタを治すためのスペースを作り出す「非抜歯矯正」の可能性が大きく広がりました。また、笑った時に歯茎が過剰に見える「ガミースマイル」の改善にも有効です。前歯の上方の骨にアンカースクリューを打ち、そこから歯を歯茎の方向へ引き上げる(圧下させる)ことで、歯茎の露出を抑えることができます。他にも、傾いてしまった歯を起こしたり(アップライト)、開咬を治療したりと、その応用範囲は多岐にわたります。ネジを骨に埋め込むと聞くと、痛みを心配されるかもしれませんが、施術は局所麻酔下で行うため、痛みはほとんどありません。施術時間も1本あたり10分程度と短時間です。もちろん、術後に多少の違和感や痛みが出ることもありますが、痛み止めでコントロールできる範囲がほとんどです。この小さなネジの登場により、矯正治療はより精密で効率的になり、治療の選択肢も格段に増えたのです。